余談 田中正造翁の臨終
1913年(大正2年)9月4日73歳で逝ったそうです。
死因は胃がん、枕元に残されていた頭陀袋の中には「新約聖書」一冊と手帳、拾った小石3個、これが全財産であったそうです。
下野国阿蘇郡小中村の名主の家に生まれ、栃木県会議員、県会議長を経て、第一回衆議院総選挙から連続6回当選という俗にいう順風満帆な人生です
足尾銅山の煙毒・鉱毒に関して弾劾演説を行ったのは1892年(明治24年)第二回帝国議会においてであったといいます。
時に51歳、分別のある年代です。今までの人生を捨てるような演説を何故行ったのか本人だけが知ることですが。
私は演説を行った51歳を越えたが、歴史に名を残す偉人の心情は未だ理解できないですね。
「この天と地の間には、君の哲学では思いもよらない出来事がまだまだあるのだ」ハムレット(シェークスピア)と、言う事ですかね(苦笑)
 




トップページ